図1 STM装置の略図
当研究室の走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscopy ; 以下STMと略す)を用いた我々の研究班では、主に方位解析に有用な単結晶を観察対象とし、高温相である母相と低温相であるマルテンサイト相の表面構造の情報から、形状記憶合金の結晶学的な解析を行っています。母相とマルテンサイト相間の構造変化は格子不変変形(Bain変形)に伴い起こるため、両者の格子には対応関係が存在します。また、マルテンサイト相において誘起される「バリアント」と呼ばれる構造も、とても興味深い現象の一つです。格子対応関係やバリアント、母相とマルテンサイト相の界面となる晶癖面、マルテンサイト兄弟晶間の双晶界面、マルテンサイトバリアントの自己調整等、形状記憶合金に関する結晶学的な解析を、表面原子配列と表面起伏情報、そして表面の3次元的な歪情報を得るのに有用であるSTMを用いて行っています。
図2 Ti-Ni-Fe合金(011)の
マルテンサイト相の観察結果
「表面を観察する」といわれると、一般に光学顕微鏡の観察を思い浮かべると思います。光学顕微鏡はその名のとおり、「光」を用いて表面からの反射光で試料を観察しています。これに対し走査トンネル顕微鏡は、「トンネル電流」という現象を利用しています。トンネル電流というのは、導電性の物質同士が、数ナノメートルのミクロな距離で近接することにより物質間に流れる電流のことです。このトンネル電流をプローブとし、試料表面を探針で走査することで、表面構造を観察することができるという原理の顕微鏡が走査トンネル顕微鏡です。
これまでにSTMは、代表的な半導体であるSiや、単一原子であるAu、Cu、W、Mo、Pt、Ir等など、数多くの表面構造を明らかにしてきました。しかし、これらの表面は、単に物質内部と同じ理想的な構造をしていることは少なく、再構成が起こり、安定な構造をとっている観察結果が報告されています。表面は、物質内部とはエネルギー的にも周囲の環境も異なるため、このような現象が起こっているのです。
現在の科学技術は目覚しく進歩し、多種多様な機器の小型化・微小化が進んでいます。これに伴い、物質内部に対する表面の割合が増加し、その重要性が高まる一方で、まだまだ表面の研究は発展途上の段階にあります。我々の研究班では、形状記憶合金という機能性材料の表面の構造から、形状記憶合金の更なる発展のための研究を行っています。