数理物質系 物質工学域 教授
中村 潤児



私は、触媒技術を上手に使って、世界的な環境・エネルギー問題に大きく貢献したいと考えています。普通のやり方では難しいので、人と違ったアプローチで研究しています。それは、表面科学という物理と化学にわたる基礎的な学問に基づいて、触媒開発をやってみようということです。今流に言えば、学際的融合研究です。しっかりした基礎があってこそ、大きな技術革新があると信じて研究をしています。

以下、本研究室の研究と教育について紹介します。

1.本研究室のビジョン
 触媒は、世界の経済・環境・エネルギーに関わる、物質社会を支える物質です。化学反応を行わせるには触媒が不可欠ですので、あらゆる化学反応を利用する科学技術で触媒が登場します。よく知られているのが、Fe触媒を用いたアンモニア合成です。この触媒技術によって、肥料が作られるようになり、食糧危機を脱することができました。身の回りでは、自動車に排ガス処理用の触媒が搭載されています。排ガスによる環境汚染の問題を解決するために触媒は広く用いられています。 本研究室では、まず、二酸化炭素による温暖化を阻止するための触媒技術をつくりたいと考えています。また、太陽光や植物などのもつ自然のエネルギーを有効に使う水素社会に貢献したいと考えます。研究には、あと100年後を目指した未来的研究もあれば、この10年の間の明日の社会のための研究もありますが、私は後者の立場です。今、必要なことを今やる、ということです。 また、物質循環の世界を考えると、今後、炭素の利用が重要になるとみています。そこで、触媒材料や吸着材料として、炭素の基礎研究をしています。

2.本研究室の特色
 特色の第一は、基礎(表面科学)と応用(触媒設計)の融合です。これは、私が学生のときに感じた原体験が元になっています。修士は工学部、博士からは理学部に移りましたが、雰囲気がまるで違う。工学は現実的で、理学は学究的で、そこにいる人も人種が違うようでした。しかし、固体触媒に限ってみれば、表面科学(理学)と工業触媒(工学)において、触媒表面で起きている現象は同じです。これは融合できるという実感がありました。それ以降、その融合研究を続けています。 第二の特色は、環境エネルギーに関わる点であり、すぐに(10年程度以内に)役立つような研究を目指しています。大きくわけて以下の3本の柱からなります。
i) 製油所や製鉄所から排出される温暖化物質の二酸化炭素を回収して、化学的有用なメタノールへ転換する触媒開発です。ii) 次に、水素社会で中心的な役割をする燃料電池用の触媒を開発することです。普通、触媒には高価な白金が用いられますが、白金を使用し続けるならば、燃料電池の本格普及はないでしょう。我々は、白金を使わない触媒または白金使用量を著しく減らした触媒の研究をしています。 iii) 最近はじめた研究は藻類がつくる油をつかって燃料や化学品をつくる研究です。筑波大には、藻類産生油研究の第一人者である渡邉信先生がいます。渡邉先生から油を頂いて、それを水素や有用な化合物に転換する触媒研究を始めました。

3.研究内容
 もう少し研究内容を詳しく説明しましょう。

3-1 二酸化炭素からのメタノール合成
 科学技術振興機構(JST)のACT-Cというプロジェクトにおいて、「二酸化炭素活性化機構の学理に基づくメタノール室温合成触媒の創成」という名の研究を進めています。東京大学・吉信教授および大阪大学・森川教授と3グループで、メタノール室温合成に挑んでいます。CO2を化学的有用物質へ転換する最も現実的な方法はメタノール合成です。反応式で書くと以下のようになります。
           CO2 + 3H2 → CH3OH + H2O
最も現実的ですが、それでもコストがまだ大きいのです。そこで、我々は反応に要するエネルギーを減らし、効率良くメタノールをつくる触媒プロセスを研究しています。例えば、電子レンジでものを暖めることを想像してください。器など周りのものすべてを加熱しなくても、カレーのルーを短時間で加熱できますね。それと同じように、CO2にのみ必要なエネルギーを効率良く供給してメタノールをつくる方法を研究しています。実は、一部うまくいって、たいへん喜んでいます。

3-2 白金を使わない炭素触媒
 トヨタが燃料電池自動車ミライを昨年販売していることはご存知かと思います。一日に数台しかつくれないそうですが、ニュースになってますね。燃料電池には白金触媒がつかわれます。白金は高価であり、1グラム当たり3000~4000円で、燃料電池自動車1台当たり50グラム程度使われます。そうすると白金だけで、20万円近くになってしまいます。また、白金は資源量が少ないので、白金に代わる触媒が求められています。燃料電池では、触媒は、100℃くらいの強い酸性のお湯のようななかで作動しますので、大概の金属は溶けてしまいます。白金だけが溶けずに触媒として働くわけです。しかし、窒素原子を混入させた炭素が白金と同じような触媒作用することが知られており、注目を集めています。しかし、どのような窒素種が触媒の働きをするのかが不明でした。最近、我々は、ピリジン型窒素が活性点を形成することを明らかにしました。今後、ピリジン型窒素を高密度に配置した高活性触媒の開発が激化することが予想されます。これによって、白金に代わる触媒が10年くらいの間に実現すると私は予測しています。

3-3 藻類産生油の化学的利用
 藻類のなかに油をつくる種があります。ボトリオコッカスやオーランチオキトリウムがそれです。炭素原子30~40個が直線状につながった質の良い重油です。そのまま燃焼させてもジェット機の燃料に使えます。筑波大の渡邉先生は、これらの藻類を育てて、日本を油の産出国にしたいという夢を持っています。藻類産生油の第一の特長は、二酸化炭素を吸収して藻類が育つので、二酸化炭素による温暖化の無いエネルギー源と言えるところです。しかし、現実には、コストが高いという課題があります。藻類を搾って油を取り出しますが、搾りかすの処理のコストがかかります。そこで、触媒を使って、搾りかすなどを、水素やメタノールに転換してコストを下げようと考えています。2015年に、筑波大学に、藻類バイオマス・エネルギーシステム開発研究センターが設置されましたが、私は、グリーンケミストリー部門長として、藻類産生油の化学工業を目指した研究を推進しています。
 
4.本研究室の人材育成
私は、以下のようなポリシーで教育しています。

i) よく考える。論理的思考と行動の実践。あらゆることに役立つ。
また、それを楽しむ。皆で考え論理的に議論するディスカッションを楽しむ。
(毎週個別のディスカッション)
ii) 物理化学、表面科学、電気化学、炭素化学、触媒化学がよくわかる人材を輩出する。環境・エネルギー分野に強い人材。(勉強会・ゼミ)
iii)英語でコミュニケーションできる人材。人とのコミュニケーション能力は訓練で伸びる(英語でゼミとディスカッション、日々の小言)
iv) プレゼンテーション能力が高い人材を輩出する。
(何度も行う練習会と日々の小言)
v) 一流の研究をしたという経験を有する人材を輩出する。
(綿密な打ち合わせ)
vi) 材料に関して、理論・解析・設計合成の三拍子揃った人材。
(研究を通して)
vii)深い部分もあれば広い知識を持ち合わせた人材。(研究を通して)
vii)常識の分かる人間(日々の小言)

   
記事

FD報告

化学と教育 Vol.58



中村潤児教授へのメールはこちらにお願いします。
nakamura@ims.tsukuba.ac.jp