研究内容
スマートフォンやコンピュータなど私たちの身の回りにある電子機器は、たくさんの電子デバイスを複雑に組み合わせて作られています。その電子デバイスの多くは金属、半導体、磁性体、誘電体などの色々な電子物質から作られています。近年の人工知能(AI)技術やネットワーク通信技術の急速な発展に伴って電子デバイスとそれを作る電子物質の飛躍的な高性能化や低消費電力化が強く求められるようになってきました。「量子物質」と呼ばれる物質はこのようなニーズに応えられる可能性をもった物質の一つです。量子物質の特長は、物質をつくる基本粒子の一つである電子の量子力学的な性質が物性に現れてくる点です。量子物質の例の一つは超伝導体ですが、そこでは電子の量子力学的な波の位相が巨視的に揃った状態が生じています。既存の磁性体や半導体にも量子力学的な性質が現れるものが数多くありますが、必ずしも実用化されている電子デバイスでその性質を積極的に活用できているわけではありません。
量子物質の機能を最大限に引き出すには、物性を決めている電子の物理を根本から理解する必要があります。物性物理学は電子の物理を理解するための重要な学問ですが、近年、そこで大きなパラダイムシフトが起きています。それは量子物質を「トポロジー」と呼ばれる視点から理解しようという流れです。トポロジーは数学の分野の一つですが、その数学的な枠組みを物性物理の理論に取り込んだ新しい視点(トポロジー物理学)が急速に発展しています。トポロジー物理学によって超伝導、磁性、誘電体、原子層物質科学など、これまではあまり関係がないと思われていた分野に統一的な視点がもたらされ、それらが有機的に結びつく事で新しい物理現象や物質の発見に繋がっています。実際、21世紀に入ってからトポロジカル絶縁体、ディラック半金属、ワイル半金属などの新しい「トポロジカル物質」が相次いで見いだされています。これらの物質中ではディラック電子と呼ばれる相対論的な粒子やマヨラナ粒子と呼ばれる非従来型の粒子が物性に現れてくる特徴があり、既に量子異常ホール効果、巨大磁気抵抗効果、巨大熱・スピン起電力効果などの興味深い現象が続々と見出されてきています。これらの現象は学術的に価値があるだけでなく、物質の中にエネルギー損失が極めて小さい(場合によっては損失ゼロ)電子流を作り出したり、熱エネルギーを電気エネルギーに効率よく変換できる可能性がある事を示しており、将来の電子デバイスの省電力化やエネルギー変換デバイスの高効率化の新しい原理になる可能性があります。しかしながら、これらのトポロジカル物質における物理の研究はまだ始まったばかりで、分からないことだらけです。特に粒子間の相互作用が強い場合や時間的に変動する外場(例えば光など)に対するダイナミックな応答、非平衡状態の物理はほとんどが未開拓領域です。
当研究室では、新物質開発と精密物性測定によってトポロジカル半金属(ディラック半金属やワイル半金属)の新現象や新機能性を開拓しています。主に無機物質(遷移金属化合物)を中心に、超高圧合成法等の先端物質合成を駆使して純良結晶を育成し、低温物性測定(電気伝導測定、磁化測定、熱電測定)や精密光学分光まで一貫して行って新しい量子現象や光応答を見出すことを目指しています。現在は特にディラック電子やワイル電子が示す巨大電気・磁気応答、金属絶縁体転移(モット転移)、光応答(光起電力効果やテラヘルツ領域のダイナミクス)、熱・スピン起電力効果について興味を持っています。
現在進行中の研究テーマ
・新しいトポロジカル半金属(ディラック半金属、ワイル半金属など)の探索
・トポロジカル半金属の巨大電気・磁気応答、磁性、熱・スピン起電力効果、金属絶縁体転移
・ディラック電子・ワイル電子の光応答(ダイナミクス)