これまでのエレクトロニクスでは、電子がもつ電荷の自由度を制御し、これをデバイスに応用することで大きな成功を収めてきました。スピントロニクスとは、電子がもつ電荷の自由度に加え、スピンの自由度も制御して、さらに新しいデバイスに応用しようとする分野のことです。現在、スピントロニクスのための基礎研究や技術開発が精力的に行われています。
スピントロニクスのための要素技術のひとつに強磁性薄膜の磁化制御があります。強磁性薄膜は、Fe や Co などの 3d 遷移金属を基板上に蒸着して作成されます。薄膜をつくる元素の種類や膜厚などの構造の違いによって、磁化の向きが膜に平行か垂直かなどの性質が変わってきます。また、磁化の向きがある向きから別の向きに変化する磁壁の移動をデバイスに応用が研究されています。
電界によって強磁性薄膜の磁化を制御する試みがなされています。この技術が実現されると、これによる消費電力の少ないスピントロニクスデバイスへの応用が期待されています。そのためには、電界を印加したときに薄膜の構造と電子状態がどのように影響を受けるのかを調べることが重要です。特に、磁気異方性エネルギーが電界の印加によりどのように変化するかを明らかにすることが電界による磁化反転制御を実現するうえで重要となります。
磁気抵抗ランダムアクセスメモリー(MRAM)は、不揮発・高速・低消費電力・低電圧駆動・高集積といった特性をすべて兼ね備えたメモリーとして有望視されています。最近注目されている MRAM として磁壁移動方式と呼ばれるものがあります。この方式では、磁壁を移動させることにより磁化反転を実現します。基礎研究の視点からは、磁壁の微視的な構造と電子状態を詳細に理解することが重要であると考えられます。